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今週の
ひとこと

歩幅は小さくても、着実に次の峰を目指そう(^^)/

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「未来につなげたい伝統サウンド」
大阪フィルハーモニー交響楽団

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、新しい生活様式による働き方改革が余儀なくされた2020年。音楽業界においては、ライブやコンサートの開催が制限された。そのような危機的状況にありながら、国内初、定期演奏会を無観客・無料でライブ配信し、19万8千アクセスという記録的な視聴者を集めたオーケストラがある。

日本を代表するオーケストラと世界的に評価されてきた大阪フィルハーモニー交響楽団である。

巨匠・朝比奈隆氏が、「世界標準のオーケストラをつくる」との情熱で、戦後間もない1947年に創設し、77年の歴史と伝統を誇る同楽団。ダイナミックな音色は「大フィルサウンド」と呼ばれ、長年にわたり人々に愛され、親しまれてきた。そんな伝統のサウンドを守り続けてこられた、通称「大フィル」を訪れた。

 

事務局長

福山修さん

 

コンサートマスター

須山暢大さん

 

コントラバス奏者

秋田容子さん

 

 

ご質問① 音楽活動の中止を余儀なくされたコロナ禍中は、葛藤や不安が大きかったと思います。当時を振り返ってみて、どんな思いでいらっしゃいましたか?

 

須山さん

令和2年の3月から6月まで、活動を休止せざるを得ませんでした。それまでお客様の前で定期的に弾くことが当たり前になっていて、もちろん常に感謝しながら弾いていたのですが、いざ演奏会がなくなってしまうと、心にぽっかりと穴が開いたような感じでした。

家で練習はするんですが、当時はいつ演奏会が再開できるかわからない。目的がない中で行き詰まり、正直無気力な毎日を過ごしました。6月に練習場で個人会員の皆さんをお招きして演奏会を行ないました。

当時は、ソーシャルディスタンスで席を離し、飛沫への注意喚起がありましたので、特に管楽器とは2m距離を開けなければなりませんでした。オーケストラは音を集めることが大事です。距離を開けると音の響き方が全然違ってしまい、とてもアンサンブルが難しかったです。それでも本番を迎えた瞬間、お客様とプレイヤーとの相互関係でつくり上げていくものが、私たちの生の音楽なのだと痛感し、喜びを噛みしめながら演奏しましたね。あの時の感動は忘れられません。

 

秋田さん

私も自宅で練習していましたが、どうなるかわからない不安が大きくありました。しばらく経って、皆で集まって音を出した時、一人では味わえない感動がありました。やっぱり音楽をやっていて良かったと思いました。当時は無観客での演奏で、演奏直後、拍手もいただけず、いかにこれまで多くの方々に支えられて演奏できていたかを実感しました。お客様も配信を通して、私たちの演奏を求めてくださっていることに改めて感謝の思いを強くしました。一緒に危機を乗り越え、共感できる仲間がいる幸せを忘れないようにしたいと思っています。

生徒のレッスンも行なっていますが、コロナ時代の生徒は対面でのレッスンができず、配信や録音を使ってやっていましたが、演奏会を当たり前にできない中で育ってきた子どもたちの、できない中でもできることを見出そうとする姿勢に、逆に生徒から教えられたように思います。一緒に試行錯誤する中で、いろんな道があることを知りました。

 

 

ご質問② 無観客ライブ配信で、多くの方が視聴されたと思いますが、ファンからはどのようなお声がとどきましたか?

 

福山さん

事務局には、ファンの方々から多くのお声が届きます。配信の場合、どのような地域の方がどれぐらいご視聴くださったかがわかるのですが、驚いたことに、日本のみならず、世界の様々な国の方がご視聴くださっていました。

2月の終わり、突然、政府の要請でイベント自粛となり、3月の定期演奏会はやむを得ず無観客ライブ配信にしたのですが、それが19万アクセスを突破。イベント自粛要請が出た直後に、ライブ配信で演奏を届けたオーケストラが他にほとんどなかったからだと思います。そして6月に会員さんだけをお招きして、ソーシャルディスタンスを保ちながら、コロナ後初の公演を行いました。

活動休止中はライブ配信をご覧くださった会員様も多く、皆さん本当に家族のようにオーケストラを思ってくださっていて、生存確認というか、皆、ちゃんと生きて、演奏しているだろうかと心配してくださっていました。音楽以前に楽員の生活や健康を気遣ってくださり、本当に嬉しかったです。ライブ配信は不特定多数の方々に対して発信する演奏です。カメラやマイクに向かって演奏しなければならない。我々もレコードを作っていますから、そうしたコンテンツも大事だと思っていますが、やはり目の前にお客様がいて、今、我々にできる精一杯の演奏、感じている音楽を直接伝えるのが一番で、お客様とのコミュニケーションが最も大切だと改めて感じました。

お客様もそのように思ってくださっていて、感動を共有することができました。

 

 

ご質問③ 演奏活動を続ける中で、心に残り続けている恩師や指導者、親御さんからの励ましの言葉などがあれば教えてください。

 

須山さん

これと決められないほど、沢山あります。これまで、恩師の先生や両親からポジティブな言葉を掛けてもらって、何度も鼓舞してもらって今の私があります。

 

秋田さん

音楽家という道に辿り着くまでに、音大に進むことや楽器を購入することなどの費用は決して安くありません。そのことで、やはりやめようかなと尻込みする時期がありました。そんな時、「やってみたいなら気にせずやりなさい」と親に言われて、そこで決断できました。「やりたい」と言っていいんだと思いました。生徒たちを教えていて、色々な環境の中で遠慮して言わない子が多くいることを実感しています。失敗しても何でもやってみようと決断できたのは、親に「やってみなさい」と言ってもらえたからだと感謝しています。

 

 

ご質問④ 大舞台で演奏される際、プレッシャーも多いと思います。そんな時、心掛けておられるメンタルの工夫などがあれば教えてください。

 

須山さん

最初にコンサートマスターをさせてもらったのは群馬のオーケストラでした。ソロを任された時、右手が震えました。そのとき色々考えましたが、最終的には精神論ですが、「緊張している自分を可愛がること」が大事なんだと気づきました。もちろん、弾き方のテクニックもあるのですが、緊張していることを拒否すると、より緊張していく感じがあるんです。緊張は当たり前で、良い緊張感と悪い緊張感の二つがあって、良い緊張感の状態で演奏するとポジティブに、悪い緊張感に入るとネガティブになってしまうんです。そのため、緊張していることを受け容れるようにしています。緊張は絶対にするものですが、良い緊張感をもって臨むと演奏が安定するようになりました。良い音を求め続けて、コントロールしていくことは一生の課題です。

 

秋田さん

緊張しないのは難しいですが、意識していることは、自然な呼吸をすることです。緊張すると呼吸が浅くなってしまい、止めてしまっている時さえあります。でも音楽は流れるものですし、自分がそういう状態ではいけないと思いました。呼吸から身体をつくるようにしています。

 

 

ご質問⑤ プロ演奏家として、体調管理には十分に留意されていると思いますが、どんなことを心掛けていますか?

 

秋田さん

特別なことをしているように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。よく食べ、よく寝ることですね(笑) つまり、普段通りを変えないということです。

 

須山さん

私も同じですね。よく食べ、よく寝ること。不思議なことに、風邪を引いている時でも、本番の最中は、咳やくしゃみが出ないんです。本番になるとピタッと止まる。音をつくるにあたって、それだけ集中しているんだと思います。

 

福山さん

オーケストラは〝音で会話〟しています。ですから楽器の音で、その楽団員の調子が良いか悪いかがわかります。事務方のトップとして、演奏者の音を聴いて、一人ひとりに気を配るようにしています。

 

 

ご質問⑥ 創立80周年という大きな節目を迎えるに際し、今後の目標やビジョンを教えてください。

 

須山さん

私たちがやっている音楽は普遍だと思っています。200年、300年前に作られて、未だ世界中で聴かれるというのは、それだけ魅力があるからだと思いますし、終わりがないものだと思います。作曲家に対して敬意を払い、細かいところまで気を配り、音楽の真髄に迫ることを毎日丁寧にやっていくことが一番重要なことだと思っています。その積み重ねを大切に、80周年に向けて大フィルがより団結し、朝比奈先生が創立されて以来の持ち味であるダイナミックなサウンドを変えずに音楽を提供していく。特別なことではなく、そのことを毎日、真摯にやっていくことが重要だと私は思っています。

 

秋田さん

朝比奈先生の時代を私たちは知りませんが、それでも大フィルサウンドに誇りをもって、失われることがあってはならないと思って演奏しています。今のメンバーはすごく好奇心旺盛で、ノリがいいんです。いろんな指揮者の方が来られて、時に無茶振りされても、楽しんでやる姿勢が今の大フィルにはあります。さらに向上心をもって、大フィルサウンドを守りつつ、お客様に楽しんでいただいて、「大フィルのここが好き」と言っていただけるようなオーケストラを目指していきたいです。

 

 

 

 

最後に私たちが気になることをお伺いしてみました♪

 

担当の楽器を変えることもあるのでしょうか?

 

須山さん

限られた範囲での転科はあるにはありますが、基本的には変わりませんね。因みに楽器には様々なクオリティのもの(作られた年代、状態)がありますが、素晴らしい楽器は奏者の実力を引き上げてくれます。悪い緊張の時など、楽器が助けてくれるんです。本当に不思議な世界です。指揮者と私たち演奏者の関係も近いものがあると感じます。指揮者は全楽器の楽譜を把握する立場なので、勤勉な方でないと務まりません。非常に勉強家の方が多いです。指揮者になるべくしてなっている方々だと思います。

 

福山さんも楽器をされていたのでしょうか?

 

福山さん

今は演奏していませんが、昔ホルンを演奏していました。金管楽器です。ホルンは長い管でできていますが、管楽器は管が長いほど音の調整が難しいんです。音は大変魅力的なんですが、実は微妙な調整をしながら演奏しています。4人でハーモニーを奏でることが多く、チームワークも大切な楽器です。調整が難しい楽器だからか、今はこうして事務方の調整役をさせてもらっています(笑) 楽器と奏者の性格は似てくるんですよ、本当に。

何百年も前から受け継がれているクラシック音楽は、人類史の発展の中で発見され、研ぎ澄まされてきた音の組み合わせです。私たちは、この普遍の組み合わせを演奏で再現しているんです。

そして、私たちが培ってきた伝統の「大フィルサウンド」によって、その普遍の音楽に命を吹き込み、心が震えるような感動を生み出す演奏を目指して、これからも活動をつづけて行きたいと思っています。

 

 

 

リハーサルの様子

実はこの日、2024年12月末をもって引退される指揮者・井上道義氏が、同楽団と贈る最後の公演を翌日に控えたリハーサルが行なわれた。取材を受けてくださった須山さん、秋田さんは、「井上マエストロと演奏する最後のリハーサルで、皆、熱が入っています。私たちも楽しみです。マエストロはいつも私たちの心を引き上げてくださる。尊敬する井上マエストロへの感謝も込めて演奏します」と語ってくださった。

 

 

井上氏は、2014年4月から2017年3月まで同楽団の首席指揮者を務められ、これまでシカゴ交響楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、フランス国立管弦楽団など、世界的オーケストラを指揮してこられた。

リハーサル中、タクトを振る井上氏を中心に、一糸乱れぬ演奏を繰り広げる楽団員の方々。緊張感の中にも、伸びやかでダイナミックな音を奏でられ、まさに「大フィルサウンド」に心が躍るひとときであった。同楽団の存続と更なる発展のため、音楽監督をはじめ、指揮者、楽団員、そして運営を支える事務局の方々によって紡ぎ出される伝統のサウンドは、これからも世界の人々の心に癒しと感動をもたらすことを願わずにはいられない一日となった。