【Interview on ETHICS】 RINRI PROJECT代表 上廣 哲治のヘッダー

令和6年能登半島地震で被害に遭われた方々の新たな一歩を押し出す力になればと、昨年、RINRI PROJECTが立ち上げた「北陸を元気に!」プロジェクト。
昨年5月25日に行われた応援イベントを皮切りに、音楽会やキッチンカーイベントなど、能登の皆さんが楽しめる場を提供してきた。
そして今年5月17日、「のりこえよう能登! 花火×ドローン×音楽の復興祭」を志賀町(しかまち)にて開催。
会場で上廣代表に、能登復興支援にかける想いを語っていただいた。


能登を元気づけるために

── 能登復興支援に力を入れようと思われたきっかけは何だったのでしょう?

「きっかけというか、被災地を何とかしたい、元気づけたいというのが一番ですね。では、なぜ能登だったのか。実は私、早くに祖父母を亡くしていて、故郷というものがないんですね。夏休みにおじいちゃん、おばあちゃんに会いに行った経験がない。だからなのか仕事柄、何度も足を運んだ金沢や能登に、勝手ながら故郷の面影を重ねていました。それだけに被災状況を伝える報道を見た時はかなりショックで、いてもたってもいられなくなりました。

何かできることはないか、まずは現地に行って見てこようと2月に被災地へ。悲惨という言葉では形容できない景色を目の当たりにして、傷ついてしまった故郷を何とかしたい。微々たることでも何か手伝いをさせてほしいと思ったのがこのプロジェクトの出発点です」

── その当時と今を比べて、能登の印象は変わりましたか。

「あの時は、金沢と能登半島を結ぶのと里山海道が通行止めで、一般道しか使えなかった。それから比べると随分よくなりましたが、まだまだブルーシートをかけている家や、傾いている電柱が残っている。復興どころか復旧の域を出ていないというのが正直な感想です」

── そんな能登の皆さんを元気づけたいという想いから、さまざまな支援活動をされていますが、いつも一線を画した企画に圧倒されます。

「なるべくほかではやっていないこと―例えば炊き出し一つにしても、われわれならではのものを提供したい。1月に輪島(わじま)でキッチンカーイベントをやったのですが、皆さんはクレープがうれしかったと。普段我慢をしている少しぜいたくなスイーツを提供してくれて非常にありがたかったとの声が多かったですね。そんな期待にはぜひ応えたいので、また喜んでいただけることを考えていきたいと思います」

── そのアイデアはどこから生まれるのでしょうか。

「基本的に私は自分が天才だと思っていて(笑)。そもそもあらゆることに興味があるんですね。それをこういったイベントや個人の仕事に生かせないかなと常に考えていて、そこからふっと湧いて出る感じです。街中を歩きながら気になったことなどがあると、これはイベントに結び付けられるんじゃないかとパッと思いつく。常にそういった意識をもって、日常を送っています」

上廣 哲治さん

地元を巻き込んだ支援へ

── 能登で出会った、印象深いエピソードなどはありますか。

「昨年、能登が豪雨に見舞われた後、どんな状況なのかを確認したく一人で車を借りて回ったんですね。その時にふらりと入った食堂の女性店主が『能登が何か悪いことしたかね。悪いことしたんだったら謝るから、これ以上能登をいじめないでほしい』と話をされ胸が詰まりました」

── 地元の方ともいろんなお話をされるのですね。

「そうじゃないと、被災地の方々が今何を求めているのか分からない。今、私が住んでいる東京では能登についての報道がほとんどなくなってしまいました。だからこそ現地に行く必要がある。やはり昨年2月と、今年5月では求められるものは当然違ってきます。復旧が進んでいる今、ブルーシートをたくさん届けても仕方がない。何かアクションを起こしたとしても親切の押しつけみたいな感じになりかねない。それは嫌だし、自己満足の支援にならないためにも、やはり現地で生の声を拾っていくべきだと思います」

── 復興支援の継続は難しいと言われていますが、やはり地元の人と話すことで輪が広がっていくと?

「これからはどこの地域もそうですが、行政が主体となって復興を進めていきます。私たちの組織でも"できる部分"があると思うので、うまくタイアップできることを行政と取り組んでいきたい。そのためには地元の方を巻き込んでやることが大切だと思います。今後を見据えた活動をすべく、スタッフには接点を持つよう伝えています」

── 地元の方と一緒に何かやって、その地域が盛り上がるといいですね。

「あとはやはり若い人たちを能登に戻したいですね。大変な状況だった奥能登も随分整備されたので、そこでの支援も考えています。帰ってきた若い人たちが故郷っていいな、戻ろうかな、地域のために何かやりたいなと思ってもらえるとうれしいです。実際、能登は超過疎化問題にも悩まされ、新たな施策が求められています。大きな目標、壮大な夢ですが、そういったお手伝いを何年か越しでもやりたいなと思っています」

── 地域と寄り添ったプロジェクトに今後も可能性が膨らみますね。

「はい。ただ、会員の皆さんが思いつかないような一歩先のアイデアを出していかなければと思っています。被災された方々にも、ほかの復興チームとは一味違うなと思ってもらえることを、どんどんやっていきたいですね」

上廣 哲治さんが話している

一番の支援は「忘れないこと」

── 今回のイベントで、復興は楽しくやることも続ける上で大切な要素なのだと気づかされました。

「やはり笑顔になってもらうことが一番の目的です。ひと時でも楽しかった、また企画してほしいなと思っていただけるとうれしいですね。支援は始まったばかりですが、相当な人たちが喜んでくださっているので、ニーズには応えられることができたのではと自負しています」

── 読者の皆さんが今できる復興支援は何だと思いますか。

「一番の支援は、いつまでもこの震災を忘れないことだと思います。支援には、"直接的"と"間接的"なものがあると私は思っていて。直接的な支援は来て食べてお金を落とすことかもしれませんが、間接的な支援は、どこにいても震災を忘れずに一日の生活を過ごすこと、被災した人たちがいることを常に意識することです。大事なことは、被災地の人たちに恥ずかしくない日常を送ることに尽きると思います」

── 今回のイベントは「いつも近くにいますよ」という意思表示でもあるわけですね。

「そうですね。能登の人たちが圧倒的に望んでいる『私たちのことを忘れないで』という言葉をどう受け止めるか。その方法はいろいろ考えなければですが、発信していくことは絶対に必要だと思います」

── それがRINRI PROJECTが目指す未来につながっていくと?

「私たちのプロジェクトは、人々に新たな倫理観を提供するのが使命だと思っています。人の気持ちに応えるとか、忘れないとか、そういった想いや笑顔を共有していきましょう!と発信するプロジェクトでありたいと思っています。

倫理というと古臭いイメージがありますが、日本人が日本人であり続ける以上、倫理とは切っても切り離せないと私は思っています。それを難しく、感謝だとか尊敬だと言いすぎると、今どきの若い人たちは疎ましく思うので、例えば、イベントでおいしいものが食べられることにも感謝、おいしいと思える感覚を与えてくれた親にも感謝と、いろんな場を通じて気付いてもらうきっかけを提供していきたい。それがRINRI PROJECTの目的であり命題です」

上廣 哲治さんがEFMの様子を見ている
上廣 哲治

上廣 哲治

うえひろ・てつじ 東京都出身。石川県の魅力は何といっても食。そして活気ある輪島の朝市、ライトアップされた美しい千枚田の風景が大好きでした。それらの魅力を凌駕(りょうが)する"人"の素晴らしさ。「能登はやさしや 土までも」という言葉がありますが、他者への思いやりに心が安らぎます。

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