北陸を元気に!プロジェクト能登は、待っている。── 水族館も、列車も、人も、みんな のヘッダー

「令和6年能登半島地震」が起きた日から1年半。
ふたたび、能登へ。
復興の道はまだまだ険しいものの、

能登は着実に日常を取り戻しつつある。
大きな被害を受けながらも変わらぬ魅力を伝えたいと、

能登で暮らす人々は一日も早い完全復活を目指し、未来へとつなぐ。
報道機会が少なくなりつつある中、〝能登の今〞を伝える。


掲載されている情報は、発刊当時(2025年7月)の内容となります。

あの日を乗り越え、語り伝え走る列車
【震災語り部観光列車】

観光列車
七尾(ななお)湾を一望しながら走る「のと里山里海号」。約18頭のイルカの群れに出会える日も 写真:高橋智裕/アフロ

初めて会う人とも心が通じるように

のと鉄道は震災で大きな被害を受けながらも昨年4月6日に全線で運行を再開。それから1年となるこの春、運行を見合わせていた観光列車を「震災語り部観光列車」としてリスタートした。初めて会うお客さまとも心が通じるような話をしたいと話してくれたのは、語り部の宮下左文(みやしたさふみ)さん。「まだ話しながらこらえ切れなくなることもあります。それでも私たちの体験を話すことで、未来にも伝えていきたい、忘れないでほしいという思いで語り部をやっています」とも話してくれた。

のと里山里海号ヘッドマーク。ノトキリシマツツジのマークには「頑張れ」の意味が込められている
のと里山里海号ヘッドマーク。ノトキリシマツツジのマークには「頑張れ」の意味が込められている
語り部主任の宮下さん。自らの体験とその日その日の能登を毎日違う語りで伝えてくれる
語り部主任の宮下さん。自らの体験とその日その日の能登を毎日違う語りで伝えてくれる

車内では同じく語り部の坂本藍(さかもとあい)さんが、自身で撮影した震災後から鉄道が復旧するまでの写真などを見せてくれる。もう一人の語り部牛上智子(うしがみともこ)さんと3人で実際に被災地へ話を聞きに行き、各地の状況を確認しながら毎回違う話をする。その語りからは能登の今がリアルに伝わってくる。

震災当日も観光列車のアテンダントとしてこの場所にいた彼女たちにしか伝えられないこと、悲しみを力に変え、そこから前を向き始めた語り部たちの思いが列車を動かしている。

地元の人たちに恩返しをしたい

のと鉄道株式会社・総務部長兼物産館支配人の宮上哲夫(みやかみてつお)さんは「震災をテーマにしてよいのか迷いもあったが、風化防止や地域が活性化するならという気持ちで企画を進めました」と話す。企画にあたっては東日本大震災を経験している三陸鉄道が多大な協力をしてくれたという。

「三陸鉄道が『震災学習列車』を運行していると聞き、語り部3人と私で研修に行きました。現地で語り部さんにもお話をうかがい、それらを参考にオリジナルの列車をやってみようと」

三陸鉄道からの支援はそれだけではなかったという。
「震災後の生き方や不安のやり過ごし方など、すごく親身になって教えてくださって。つらいときもあるけれど後世に伝える『使命感』でやっているのだとおっしゃっていました。ノウハウだけじゃなく、人として寄り添ってもらったことがとても励みになり、今につながっていると思います」

よみがえった「のと里山里海号」

震災語り部観光列車は1日3本、七尾(ななお)駅と穴水(あなみず)駅を結ぶ33.1kmを約1時間かけて走行する。運行開始から多くの反響が寄せられ、7月19日~8月31日の土日祝日は個人乗車での予約も可能に。車両は能登半島地震発生時、能登中島(のとなかじま)駅に停車していた観光列車「のと里山里海号」。震災発生時も観光列車のアテンダントをしていた語り部たちが、ニュースではあまり報じられない今の能登の人々の暮らし、思いを伝えてくれる。

四季折々の能登を走り抜けるのと鉄道(写真提供:石川県観光連盟、のと鉄道)
四季折々の能登を走り抜けるのと鉄道(写真提供:石川県観光連盟、のと鉄道)
能登の工芸品に囲まれた列車内
能登の工芸品に囲まれた列車内

また列車内の内装には能登の伝統工芸品がふんだんに使用されている。里海ブルーの座席シートには「能登上布(のとじょうふ)」のヘッドレスト、テーブルには「能登ヒバ」が使用され、ボックスシートのパーテーションは「輪島塗」がはめ込まれた「田鶴浜(たつるはま)建具」の組子が細工されている。トイレの手洗い鉢にも「能登島ガラス」があしらわれ、特別な列車の旅を演出してくれる。

伝統工芸品田鶴浜建具の組子細工が施されたパーテーション
伝統工芸品田鶴浜建具の組子細工が施されたパーテーション
海向きの展望シートはまるでホテルラウンジのよう
海向きの展望シートはまるでホテルラウンジのよう

七尾湾をぐるりと囲むように走る列車の車窓からは、たくさんのビュースポットを臨むことができる。全駅を語り部の滑らかな語らいと共に巡り、写真に収めたくなる能登の美しい景色が見えたときは、運転士さんの粋な心遣いで、ゆったり速度で撮影を楽しむことができる。

あの日のこと

震災当日、3度の大きな揺れがあった時刻、観光列車を含めた3本の車両は幸いすべて駅のホームに停車していたという。能登中島駅に停車していた車両の乗務員たちは、車両の扉を開け、駅の駐車場へ乗客全員を移動させた。程なくして大津波警報が発令。全員で高台を目指して歩き、野球場管理棟で一夜を過ごした。

乗客全員の移動のめどが立ち、乗務員と運転士が本社に戻れたのは翌日の午後のことだった。全便の運行停止から1週間ほどたった1月9日・10日、専門家による調査の結果、沿線50カ所以上で被害が確認され、順次復旧工事が開始された。その被害は大きく、しばらくの間バスでの代行運転を余儀なくされた。

鉄道の線路や駅も大きな被害を受けた (写真提供:のと鉄道)
鉄道の線路や駅も大きな被害を受けた (写真提供:のと鉄道)

社員がカメラに収め続けた被害状況や復旧工事の写真は、のと鉄道穴水駅の待合室で見ることができる。展示写真の中には「被災してもなお美しき能登」と題された能登の美しい風景もたくさん収められている。3度にわたる地震でも震災前と同じ姿で海にたたずむ「ボラ待ち櫓(やぐら)」は写真でも車窓からも眺めることができる。

3度の大きな揺れにも耐えた奇跡の「ボラ待ち櫓」とそれをモチーフにした列車内の輪島塗装飾
3度の大きな揺れにも耐えた奇跡の「ボラ待ち櫓」とそれをモチーフにした列車内の輪島塗装飾
のと鉄道穴水駅
のと鉄道穴水駅
総務部長兼物産館支配人の宮上哲夫さん
総務部長兼物産館支配人の宮上哲夫さん
(左から)語り部の坂本藍さん、牛上智子さん、宮下左文さん。震災から数カ月後、総務部長兼物産館支配人の宮上哲夫さんと4人で三陸鉄道へ赴き、震災学習列車の見学と現地の語り部さんたちの話を聞いた。ローカル鉄道として自分たちも地元の人たちに恩返しをしたいという思いで震災語り部列車の企画を進めた
(左から)語り部の坂本藍さん、牛上智子さん、宮下左文さん。震災から数カ月後、総務部長兼物産館支配人の宮上哲夫さんと4人で三陸鉄道へ赴き、震災学習列車の見学と現地の語り部さんたちの話を聞いた。ローカル鉄道として自分たちも地元の人たちに恩返しをしたいという思いで震災語り部列車の企画を進めた

沿線を余すところなく堪能 地域全体が語り部

「大津波警報が聞こえてから、高台の野球場管理棟へ乗客全員を避難させ、これで一夜の暖だけは取ることができると分かったとき、初めて自分の家族のことを思い出しました」という語り部さんの話に、涙が止まらなくなりました。東日本大震災では東京でもライフラインはまひし、子どもたちとなかなか連絡が取れず、不安で仕事どころではなかった自分を思い出していました。

語り部さんが自らの体験を伝えてくれる「震災語り部観光列車」。つらい記憶だけではなく、前を向いて進んできた軌跡や、ビュースポットごとにその日その日に出会えるモノ・コトを余すところなく紹介してくれます。

私たちが乗車した日は、七尾駅を発車してすぐにも"この日だけ"の幸運が。語り部さんたちが1本前の列車からも見えていたというコウノトリを田んぼの中に見つけることができました!サギと違って大きい鳥なのですぐに分かるのだそう。きっとまだ居るはずだからと、語り部さんが全員で探してくれ、乗ったそばから温かい気持ちに包まれました。

田岸(たぎし)地区を通過中には山側にたくさんの鯉のぼりが元気にはためき、列車を応援してくれているようでした。この地区は被害が大きく、車窓から見た海側の景色は震災前と変わらない町並みなのかなと思う場所でも、家が建っているだけで中はめちゃくちゃ、この辺りはほとんどが空き家になっているのだと説明を受けた場所もありました。ニュースやネットの情報では分からないことでした。

穴水駅への到着が近づいてきた頃、海側のある家を見つめる語り部さん。目線の先には、家の前に出てこちらに手を振ってくれているおばあちゃんとその家族。御年92歳のえっちゃんばあちゃんは、この列車が観光列車として走っている頃から、列車の到着時間になるとこうして家の外へ出て手を振ってくれるとのことでした。私たちもうれしくなって、窓から大きく手を振って返しました。

穴水駅に到着すると「能登にお越しくださりありがとうございます」の横断幕で歓迎していただきました。語り部さんから能登弁で「ほんならね またきてくだいね まっとんね」と。力強く前へ進む能登の人たちに出会えた素晴らしい列車の旅でした。

DATE
運行日:7月19日〜8月31日までの土日祝日(以降は夏頃決定)※普通列車に増結し1日3往復
運賃:900円+乗車券、企画切符
予約:利用日1カ月前〜前日12:00まで(WEB予約は前々日まで)
のと鉄道観光列車予約センター https://nototetsu.jp/kataribe/
TEL:0768-52-2300(10:00〜17:00、月・火曜休み)※団体は水曜日を除く毎日予約可能

谷 美樹さん

旅した人

谷 美樹さん

流通系IT企業広報・フリーライター。夫は石川県金沢市出身


Information
能登の最新情報を発信する「能登デスク」自ら旅先案内となり"伝える"
能登半島広域観光協会が運営する「能登デスク」では、「今行ける能登」を中心に、能登の最新情報を紹介。「現地に足を運んで現地の方の話を聞き、さまざまな場面で伝えていくことが大切」と語るのは広報の中山智恵子さん。「震災で変わってしまった能登も見ていただき、現在過去ひっくるめて"能登が好き"と思ってもらえる伝え方をしていきたい」と続ける。
昨年11月から丸一観光とタッグを組みバスツアーを企画。今後は応援型から体験型へ。能登を楽しみ、行く機会が増える滞在型の企画を提供していく意向だ。

DATE
能登デスク 金沢駅観光案内所内(JR金沢駅構内)
営業時間:9:00〜15:00
定休日:無休
TEL:076-232-6200
X:@notodesk

観光案内所にブースを構える「能登デスク」では手描きの情報を書き込んだ地図を掲示。更新を続け現在20枚目(撮影5月13日)。現地の方のお話を聞き出す橋渡し的役割も担い奮闘中の新企画はXにて発信(写真左はトークイベントのもの)
観光案内所にブースを構える「能登デスク」では手描きの情報を書き込んだ地図を掲示。更新を続け現在20枚目(撮影5月13日)。現地の方のお話を聞き出す橋渡し的役割も担い奮闘中の新企画はXにて発信(写真左はトークイベントのもの)
本イベントは終了いたしました。

Information
能登復興を旅で支援する石川県観光連盟の取り組み
令和6年能登半島地震および奥能登豪雨の被害や教訓を次世代に伝えようと石川県観光連盟、能登の自治体が中心となり3月に能登復興の旅プログラム集を作成。「自然の驚異」「防災・減災」「復興への取り組み」の3つのカテゴリーに分けられ、「平安時代から続く輪島朝市の復興まちづくり」など26の学習コースが紹介されている。
また石川県観光公式サイト「ほっと石川旅ねっと」では能登最新情報を随時更新。現地に赴き記事を制作するほか、旅行者に写真を投稿してもらうキャンペーンを実施するなど、さらなる充実を図る。

DATE
石川県観光公式サイト「ほっと石川旅ねっと」https://www.hot-ishikawa.jp/
「今行ける能登」https://www.hot-ishikawa.jp/notofukko/

主に全国から能登を訪れる修学旅行生に、能登半島地震の実情や災害からの教訓について学んでもらう震災学習プログラムを掲載した「能登復興の旅プログラム集」。復興後の令和9年度の速やかな修学旅行の受け入れを目指す
主に全国から能登を訪れる修学旅行生に、能登半島地震の実情や災害からの教訓について学んでもらう震災学習プログラムを掲載した「能登復興の旅プログラム集」。復興後の令和9年度の速やかな修学旅行の受け入れを目指す

復興を支えてくれた皆さんに感謝し魅力アップを目指す
【のとじま水族館】

「のと海遊回廊」では広く全体を観覧できる一体型アクリル水槽
「のと海遊回廊」では広く全体を観覧できる一体型アクリル水槽や、魚群を間近に感じられる観察ドーム、日本海側の水族館では初となるプロジェクションマッピングを常時投影

県民の憩いの場を早くも完全復活

1982年に開館以来、現在石川県唯一の水族館として親しまれている「のとじま臨海公園水族館」。奥能登を周遊する中継点、和倉(わくら)温泉とともに欠かせない観光スポットとして人気が高い通称「のとじま水族館」も、能登半島地震の影響を大きく受けた施設の一つだ。

かわいい姿で人気を集めるフンボルトペンギン

水槽の配管やボイラー、循環装置が損傷し、人気のジンベエザメ2匹をはじめ、約4000もの魚たちが犠牲に。イルカやペンギン、アシカ、カワウソなどは県内外の施設に協力を仰ぎ避難させ、のとじま水族館は休業を余儀なくされた。

水族館目玉の巨大水槽を優雅に泳ぐジンベエザメは昨年10月11日に新たに仲間入り。 「またジンベエザメが見たい」というお客さまの声が一番多かったそう
水族館目玉の巨大水槽を優雅に泳ぐジンベエザメは昨年10月11日に新たに仲間入り。 「またジンベエザメが見たい」というお客さまの声が一番多かったそう
水族館で働く女性スタッフたち。「完全復活~ ただいま~」の横断幕を挟んで左が釘宮ひなたさん、右が 新治奈々花さん。「ぜひ遊びに来て動物たち、水族館の魅力を知ってほしいです!」
水族館で働く女性スタッフたち。「完全復活~ ただいま~」の横断幕を挟んで左が釘宮ひなたさん、右が 新治奈々花さん。「ぜひ遊びに来て動物たち、水族館の魅力を知ってほしいです!」

「能登島自体の被害も大きかっただけに水族館の優先順位は高くはなく、自分たちでできるだけのことをして業者さんに渡そうと作業を進めました」と語るのはイルカ飼育員の釘宮(くぎみや)ひなたさんと新治奈々花(しんじななか)さん。「一つ直ったら一つ壊れる。水道水はこない。イルカの運搬も初めてすぎて、復旧はいつになるのかと不安でした」と振り返る。

しかし、60人の館員スタッフたちの努力のかいもあり、早くも7月20日には一部で営業を再開。今年3月22日には、すべての生き物の展示と、休止していたイルカショーの再開までこぎつけ、完全復活を遂げた。

県外の施設に避難していたイルカは昨年末に戻り、体調観察しながらトレーニングを実施
県外の施設に避難していたイルカは昨年末に戻り、体調観察しながらトレーニングを実施
水槽の様子を確認する野田忠行館長は4月1日より就任。前職では七尾市役所で県と市の調整を行ってきた
水槽の様子を確認する野田忠行館長は4月1日より就任。前職では七尾市役所で県と市の調整を行ってきた

「皆さんの憩いの場、癒やしの場でもあるので、できるだけ早く復旧してほしいと、たくさんのお客さまからメッセージをいただきました。業者さんの協力、全国の動物園・水族館からの支援など、職員、行政支援だけだったらこんなに早く再開することはできなかったと思います」と、のとじま臨海公園園長も兼任する野田忠行(のだただゆき)館長は語る。

職員自ら楽しめる新たな企画を提案

「完全復活」をスローガンに、イルカショーでは横断幕を作りお客さま向けキャンペーンを行ってきたのとじま水族館だが、現在、夏休みに向け新たな展開を検討中という。
「完全復活したので、今度はお客さまにお返しをしようと、見るだけでなく、楽しんでもらえる体験型イベントなどの企画を考えています。子どもさんだけでなく大人も楽しめること、もっといえば、職員も楽しんでできることをどんどん提案してほしいと、職員・スタッフを鼓舞しています(笑)」

約90種4000匹が犠牲になったが、現在300種の生き物を展示。水流とは逆に泳ぎ続け、最後まで生き残った「奇跡のヒラマサ」の姿も!
約90種4000匹が犠牲になったが、現在300種の生き物を展示。水流とは逆に泳ぎ続け、最後まで生き残った「奇跡のヒラマサ」の姿も!
飼育スタッフの森友紀恵さんも生き物たちの世話をしながらお客さまに解説
飼育スタッフの森友紀恵さんも生き物たちの世話をしながらお客さまに解説

能登観光本格再開の起爆剤、その一代表である観光施設として建て直したい、できることを職員皆で楽しみながらやっていきたいと、野田館長は次なる施策にも余念がない。
「1年後には"魅力アップ"のための短期リニューアルを考えています。さらには2032年の50周年に向けて県にも予算を付けてもらい、中長期リニューアルを進めていく意向です」

震災時の状況から復旧の取り組みなどを時系列に写真と共に展示
震災時の状況から復旧の取り組みなどを時系列に写真と共に展示
水族館に寄せられたお客さまのメッセージと共に飼育員からの感謝の言葉を「ジンベエザメ館 青の世界」で掲示
水族館に寄せられたお客さまのメッセージと共に飼育員からの感謝の言葉を「ジンベエザメ館 青の世界」で掲示

さらにのとじま水族館では、地震発生時の様子から復旧までの取り組みをパネルで展示。「地震が起きた後、水族館はどんな様子だったの!?」「2月頃の館内はいたるところ穴だらけ」といったコメントを入れながら館内の状況、館員の皆さんがどんな作業をしてきたかを写真、イラストで分かりやすく解説する。ほか、石川県観光連盟が作成した「能登復興の旅プログラム集」の一つ、「能登半島地震における『のとじま水族館』の奮闘と再建」にも協力している。

「もともと水族館は学習・教育施設でもあるので、校外学習として生き物を大切にする話を子どもたちにしてきました。加えて、震災の話をするのは自然の流れだったと思います」

実際、これまでも個別に学校・団体・ツアー会社から震災と再建の話をしてほしいとの依頼があったと野田館長は補足する。今後、震災・防災・復興の学習の場としての役割も期待されるだろう。

「のと海遊回廊」では魚群を間近に感じられる空間、観察ドームも人気
「のと海遊回廊」では魚群を間近に感じられる空間、観察ドームも人気

DATE
のとじま水族館
〒926-0216 石川県七尾市能登島曲町15部40
TEL: 0767-84-1271(代)
開館時間:3月20日〜11月30日 9:00〜17:00 12月1日〜3月19日 9:00〜16:30 ※入館は閉館の30分前まで
入場料:一般(高校生以上)1890円
中学生以下(3歳以上)510円 ※3歳未満は無料


受け継がれる能登の祭り魂
【宇出津(うしつ)あばれ祭】

大松明の火の粉が舞う中、約7mの高さのキリコが激しくぶつかり合う (写真提供:石川県観光連盟)

祭りが地元へ帰る理由になればいい

能登の人々の暮らしに溶け込み、現在でもその数は200余りあると言われているキリコ祭り。ここ宇出津の「あばれ祭」は昨年7月、震災後いち早く祭りを再開した地区として話題になった。高さ約7m、40数本のキリコ(奉燈(ほうとう))が町をねり歩き、2基の神興(みこし)を海や川、火の中に投げ込んであばれる激しい海の祭りで、石川県の無形民俗文化財にも指定されている。
「昨年1月に震災があって、7月の夏祭りの開催は厳しいんじゃないかと思い悩んでいました。けれど小さい頃から祭りに慣れ親しんできた若い人たちから、やっぱりやりたいという声が上がって」と話すのは、祭礼事務局長の上結謙一郎(かみゆいけんいちろう)さんと会計担当の蔵伸廣(くらのぶひろ)さん。

「宇出津の人たちにとって祭りは町の一部。人数で言ったら若い人の数もそんなに多いわけではないんですが、一人一人の熱い思いに私たち年長者も心を動かされました」

キリコの模型。大阪万博の日本の祭り文化を発信するイベントに出展予定
キリコの模型。大阪万博の日本の祭り文化を発信するイベントに出展予定
能登高校書道部から贈られた書と祭礼参加者からの応援メッセージ
能登高校書道部から贈られた書と祭礼参加者からの応援メッセージ

あばれ祭は、宇出津港に7本の大松明(おおたいまつ)が立てられ、約40基のキリコがその周りを乱舞する激しい祭り。祭り全体の費用の半分以上、数百万円を占めるという大松明の制作現場を見せていただいた。
「春頃から能登ヒバの山を一山切り崩して材料を作っていきます。中までよく乾燥させないと燃えないので、こうしていくつにも分けて、3~4カ月かけて広げて乾かします」

大松明の支柱。上方のいくつもの枝に乾燥させたヒバをくくりつけていく
大松明の支柱。上方のいくつもの枝に乾燥させたヒバをくくりつけていく
今年のあばれ祭のポスターをチェック
今年のあばれ祭のポスターをチェック

近くの森林組合事務所に広げられた能登ヒバの前で、上結さんと蔵さんはこう話す。
「こうやって見渡しても崩れた山も多いし、震災でいろんなものが変わってしまったけれど、能登のシンボルだった見附島(みつけじま)が形を変えても、やっぱりいいねって能登の人たちは言うんですよ。祭りもそう。避難中の人も含め、この辺りでは超過疎化が問題になっていて、祭りの継続も危ぶまれていますが、それでも祭りがあるならと離れて暮らしている人が地元に戻ってくるきっかけにしたい。地域でこの震災を乗り越えることで、次世代につなげていける伝統文化として、あばれ祭を残していければいいなと思っています」
現在はまだ駐車場や宿泊施設などが整備されていないため、観光など地区外の方の受け入れは厳しい状況だが、今年も7月4日・5日、盛大な火祭りが宇出津の港を彩る。

大松明に使う能登ヒバを乾かしているところ。「これがちゃんと燃えないと私たちが怒られる」と笑う上結謙一郎さん(左)と蔵伸廣さん
大松明に使う能登ヒバを乾かしているところ。「これがちゃんと燃えないと私たちが怒られる」と笑う上結謙一郎さん(左)と蔵伸廣さん

DATE
日程:7月4日(金)・5日(土)※詳細は「あばれ祭公式サイト」にて https://abarematsuri.jp/
八坂神社奉賛会
〒927-0433 石川県鳳珠郡能登町宇出津リ字91番地
※他の地域で行われる「能登のキリコ祭り」の情報も公式HPで紹介 https://notokiriko.ishikawa.jp/

photograph by 東海林美紀 text by 編集部

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